英語学習スタートから800日が過ぎて~そこから見える景色~ カテゴリ: 英語学習全般


道端で突然英語で話しかけられ、

全く何にも言えなかったあの日からおよそ800日が

過ぎようとしている。

たった一言「時間があったら飲みに行こうよ」こんな簡単な事さえ

言えず打ち拉がれたあの日から2年と少し。

僕はあの日の帰り道、英語をやってみようと心に誓った。

ワクワクしていた。ドキドキしていた。

妥協も言い訳もせずやってみようと自分に言い聞かせた。

未だにその思いは変わらない。

妥協はしていないし、言い訳を自分の口から発した事は一度たりともない。

旅行も含めて海外経験、

ましてや外国人と話した事さへない自分に果たしてできるだろうか?

英文科卒といってもゼミで簡単な日本語訳を少しやっただけで、

それ以外はほぼ日本語で文学を扱っていた。

英語の成績も特別良いわけでも何でもなかった。

不規則動詞なんてよく覚えてなかったし、分詞構文、仮定法現在なんて

聞いてもなんのことかすらさっぱりだった。

そんな自分が2年の学習を経た今現在、

カナダ人英語講師とワークショップを開催し

ずっと聞いていたNHKラジオ英会話のホストの一人ケイティーさんの番組にゲスト出演し、

GMOインターネット株式会社の英会話部の外部講師を担当し、

ユーストリーム番組「ぼくらの英語サミット」を企画、構成、司会をし、

GMOインターネット株式会社という大きな会社で英語を担当することになった。

人生わからないものだなといつも感じる。

くだらない自慢をしているわけではない。

楽しみながら時には悔しい思いをしながら少しずつ歩いてきたら

自然とここに辿り着いていた。

僕は特に語学の才能があるわけでないし、なにか秀でたものも特には

持ち合わせていない。残念ながらただの凡人だ。

でも凡人なりに、これまで出来る限りのことをしてきた。

凡人だからこそ諦めず食らいついてきた。

今日は、英語学習から800日が過ぎたいまだからこそ、

みなさんにお伝えできる5つの事、という内容で記事を書かせてもらおうと思う。

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1、英語は「話す」ものだということ。

平均的日本人がこれまで英語教育を受けてきた期間を換算すると平均8年間になるという。

もちろんあくまで大体の数字だし、期間としてという数字なので大した意味はないけれど。

ただ、僕が実感できたことはある程度の文法事項は頭に入っていたということ。

それは何者でもない英語教育の恩恵だ。

僕らには確固とした英文法という基盤が備わっている。

その分学生時代に英語の勉強をサボってきた人はそれを今やる必要がある、当たり前だ。

やらなかった分を今やる、誰にも異存はないはずだ。

ただひとつ、僕らがこれまでやってこなかったこと、

それが「英語を話そうとする」ということ。

多くの日本人が話せない理由なんてはっきりしている。

それは話そうとしてこなかったからだ。

一度も話そうとしたことがない人が話せたらそれはそれで逆に奇跡だ。

ただ残念ながら

野球のサヨナラ満塁ホームランのような奇跡は語学には起こらない、絶対に。

ただ、もう一つ逆に英語はやればやるだけ伸びていく、

才能うんぬん関係なく。

その為に今だから言える大事な事、それは

いつも「話す」ことを想定すること。

受け身にならず、これ英語で言えるかな?という子供のような単純なクエスチョンを

心に持っておくこと、これが大事。

英語を話すというのは思ってるほど難しいものではない。

もちろん僕も理想にはまだまだ長い道のりがあるけれども、

確実に1日づつじわじわと成長してきた。

小学校の時にやった九九を思い出してください。

九九をほとんど忘れてしまった人なんていないと思う。

かけ算の数学的な根拠は知らずとも僕らは九九を制覇し、

それは今も記憶に残っているはず。

英語を話すとうことはそれに近い事。

何度も何度も口にして、頭ではなく、口から飛び出すものなんです。

そのためには常に少しでもいいから「話す」意識を持つ事が大事です。

その意識でいる人は伸びる早さが違います。

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2、英語「の」勉強をするのではない、ということ。

英語を学んでいるはずなのに、英語の意味を日本語で覚える。

これを素直におかしいと思える人が果たして何人いるか。

多くの人が、それのなにがおかしいの?と思うはずです。

僕も実際そうでした。

だってそれでしか英語をやってきてないし、これまで誰もそれが

おかしいなんて教師も含め言ってる人に出会ってこなかったから。

でも、考えてみてほしいのは英語が出来るようになるというのは

日本語に素早く訳せるということではない。

英語がわかるというのは、英語をそのまま理解できるということ。

そこに日本語は介在してきません。今一度考えてほしいのは、

当たり前のように英和辞典を使い、英語の意味を日本語で調べ覚えて

きたこの一連の過程はものすごく効率の悪い、理にかなわないことを

しているということ。

いきなりそんなこと言われても不安になるのはわかります。

もちろん僕もそうでした。

ただ、今だからはっきり言えることは

英語学習に日本語はそれほどいらない、ということ。

一切いらないとは言いません。ただ極力追いやる努力はしたほうがいい。

その方が成長が早いと断言できます。

そして英語を学ぶのではなく

英語で学ぶこと、を目標にしたほうがいい。

これまで日本語を介してすべて理解してきた世界とは

全く異なった世界がそこにはあります。

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3、英語が全てではないということ

英語を始めて意欲に燃えていた初期の頃(今は実はもっと燃えてますが、冷静に燃えています)、

英語に全てを費やそうと必死だった。

一秒でも多く学習時間がほしくて本当に

今だから言うけど初めの1年間の平均睡眠時間は3時間を切ってたと思う。

旅行に行った友人の別荘でも朝まで一人こっそり勉強してたし、

4日間だけ行った始めてのニューヨークでも

ホテルではむこうのテレビをみるか英語をやってた。

最初の1年間、365日の間で遊んだのはたった一日だけだった。

それ以外の全ての時間を英語学習に費やした。

大好きな映画も本も、一本も一冊たりとも見たり読んだりしなかった。

テレビは電源を引っこ抜いたので1秒も見なかったし、全ての娯楽を排除した。

出来る限りのことをした、というのは本当にそうで、出来る限りの全てをした。

それのおかげで今がある、のかもしれないけれど、

これから英語に取り組むみんなには

あんまり真似をしてほしくない。

今だから言える大事な事、それは「英語が全てではない」ということ。

僕は上達したくてしたくてたまらなかった。

できないことがもどかしくて寝てても目が覚めた。

寝てるくらいなら

英語やってたほうが心が休まる気がしてた。

僕はこれを美談にするつもりは毛頭ない。

これは周りが見えていない状態、

ようするにちょっと少し狂ってたのだ。

ある程度継続的な練習や学習は必要だけれど、

何かを犠牲にしてまで

習得する英語にどんな価値があるのだろうかと今だから思う。

それよりも大切なもの、それは周りの友人だったり、リラックスできるひと時だったり

愛する人との時間だったり、笑って馬鹿やってる時間だったりする。

英語を習得する過程が、何かを犠牲にする過程であってはならない。

英語の習得は何も失う事なく、今の自分に積み重ねるべきもの。

大切なものを見失ってはいけない。

安心してほしい、英語の習得は

僕のようにすべてを費やした人のみができるというような特殊技能では決してない。

むしろ僕は少し狂ってた1年を過ぎ、随分とゆるく英語を捉えるようになってから

飛躍的に伸び出した記憶がある。

いやいや、それは初めの一年があったからでしょ、

と言われるかもしれないが、個人的には違うと思ってる。

がむしゃらにやって視野狭窄が起こっていたあの時期より、たまに遊んだり、

さぼったりしだしてから自由に英語というものを捉えれるようになった。

間違いなどを気にしなくなり、スピーキングが飛躍的に伸びた。

ワイリンガルという考えもこのときようやく生まれたものだ。

ただの流暢さを求めるのではなく、ただ海外に憧れるのではなく、

まずは今の自分、日本人としてのアイデンティティーを保ちながら

二カ国語の習得を目指す。

ワイリンガルのワは和、平和の和、調和の和、そして日本そのものの和。

ワイワイ遊ぶ、という意味も込めている。

正しい視点で、物事を冷静にみつめれる人でいたい。

そう自然に思えるようになったのは必死でなくなったときだった。

人間はリラックスしている状態が一番成長するのだ。

本来の姿に自分を保ってあげよう。

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4、語学は勉強よりもスポーツに近い、ということ。

英語を使うということは色んなことに例えられる。

僕が800日を過ぎ感じる一番近いもの、それがスポーツだ。

月並みなたとえだけれど。

主要5科目に含まれる英語をなかなかそういう視点で見るのは難しい

かもしれないが、実際はそうなのだ。

つまり英語だけが毛色の違うものだったのだ、初めから。

野球を始めた幼い子供が成長する過程それこそが英語の成長の過程。

ルールは最低限、後は泥だらけになって練習して友達と競いながら遊ぶ。

慣れない試合に出ながら感覚を掴み、練習にいそしむ。

頭よりむしろ身体を使っているのだ。

でも、英語を学ぶみなさんはどうだろうか?

ルールを覚える事ばかりに終止していないだろうか?

フォームの研究ばかりに時間を費やしていないだろうか?

失敗をおそれて試合にでることを避けていないだろうか?

もちろん、目標や目的はそれぞれ。それは野球少年も同じ。

最初はプロを夢見るだろう、でも年を重ね自分を知り、

多くはプロの道は諦め、ごく限られた努力という才能を身につけた

数少ないもののみがお金をもらって野球をすることが許される。

それでも、考えてほしいのは英語を学ぶ全ての人が野球で言うプロ、

を目指して英語をやっているのだろうか?ということ。

自分の目指す所をしっかり見極めれば、はっきりとやるべき事も見えてくるはず。

無理せず、地道に、こどものようなワクワクを忘れないこと。

頭より身体を使う事、これは英語を「使いたい」人なら絶対に忘れてはいけないこと。

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5、正しい事を発信する人に出会う事。

英語学習、英会話、日常英語にビジネス英語、

色々な呼び方をしているけれど、全ては同じものの一部を

切り取っていっているだけ。

英語は英語。

英語とダイエットは似ている。

みんな楽してやろうとする。だからそこに悪い奴らがつけ込み、

英語市場とダイエット市場は潤う。

「らくして簡単」「たった一週間で驚きの効果」なんてキャッチフレーズが

恥ずかしげもなく未だに

使われてるのなんてこの二つくらいだろう。

お金が絡むと正しい事が言えなくなる。守るべきものが発生し、

本音はそこで言えなくなる。

英語の学習法はもう答えはとっくの昔に出ている。

やるべきことははっきりしてる。

もちろん時代は変わりツールは変わるが本質は同じだ。

携帯電話が発達しいくら音質が向上しようとも話の内容が変わるわけではない。

グリーン車は高いけれど、普通車よりも早く着くわけではない。

ツールによって快適にはなるけれど、本質は変わらない。

英語の習得は正しい行程を、着実に行うこと、これしかない。

僕は自分の考えと出来る限りの客観的意見を相対的に判断し、

中庸な視点の元、様々な物事をジャッジしてきた。

誰のお世話にもならないし(金銭的にという意味で)、誰にも肩入れはしない。

僕は考えうる限りの正しい情報を発信していきたいと思っている。

でも、だからといって僕を信じてほしいという話ではない。

むしろ疑ってほしい。どうぞ、その姿勢を失わないでいてほしい。

あなたにとっての正義は、あなたが自分の慧眼を持って決める事。

だからどうか、何事も簡単に信じる事をしないでほしい。

全ての物事を疑っていてほしい。

特に汚いお金の餌食になるようなはめにはならないでほしい。

あなたの大切なお金は、未来のあなたへのプレゼントでなければならない。

数は少ないけれど、まっとうに愚直に正しい事を発信している人は間違いなくいる。

しっかりと疑ったあと、あなたがゴーサインをだしたのなら、その後は思いっきり

信じてついていけばいいと思う。

正しい考えの人は、皆共通することを言っている。

そこを見抜く力を養う事が、英語をやっていく上でとても大切だったと今だから言える。

僕は自分が信じた人たちに、何度も何度も助けられてきたから。

とても長い記事になってしまったけれど、頑張って最後まで読んでくれた方、

どうもありがとう。

英語を始めた僕には一つの夢があった。

それが海外に住む、ということだった。

知らない世界で自分の本当にしたいことを、思いっきり試したかった。

でも結論から言うと、僕は考え抜いた末、それを諦めた。

悔しくて悔しくて、僕は英語をやめてしまうのかな、

と自分では少し思ったりもした。

でも、それを諦めてからの僕は未だワクワクしている。

未来の自分に。

僕は気付くのが遅かった。英語に目覚めるのが遅かった。

好きなことをやるにはもう若くはなかった。

だからたくさんのことを諦めないといけなかったし、実現はできなかった。

もっと早く英語ができるようになっていればと何度も何度も思った。

だからこそ、僕のような思いをする人が一人でも少なくなるように

これから僕は全力で英語キュレーターとしてやっていけたらいいと思っている。

自分のことなんかよりもっと大事なことを見つけたのだ。

僕がこれまで一番多く質問受けた質問は

「セレンさんはどうしてそんなにモチベーションが高いんですか?」

というもの。

ダントツだ。

僕はモチベーションなんか高くない。

そう見えるだけだ、僕は愚痴も弱音も吐かない、ようにしているから。

でも僕だって超人じゃない。ツイートの裏側で涙が出るほど

悔しい思いをしているし、悲しい思いもしている。

攻撃をされたり、傷つけられたり、実はしている。

でも、そんなもので僕は立ち止まったりしない。

僕のモチベーションは全て周りの人からもらったものなのだ。

英語を始めるきっかけも、目標も、悔しさも喜びも、そして感動も。

全部全部、僕は周りの人から与えてもらったものなのだ。

だから僕のモチベーションは

「もらったもの全てを返すこと」なのだ。

全力で受けとり、全力で返していく。

僕も迷いながら、もがきながらやっている。

誰が正しくて誰を信じていいのか、

いつもいつも悩んでいる。

「僕は正しいことを言えているだろうか?

僕は誰かのために、何かできているのだろうか?」と。

僕はこれからも全力で伝えるべき事を伝えていく。

800日過ぎた今、素直にそう思います。

英語を知って、こんなにも知らなかった世界があることを知った僕は、

今もずっとワクワクしています。

日が暮れても遊び続けたあの時の泥だらけの僕のように。

セレン

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USTREAM番組「ぼくらの英語サミット」はこちらで見ていただけます。

http://www.ustream.tv/recorded/29600091