3年間本気で英語をやってみた結果 カテゴリ: 英語学習全般


 
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photo by Cellen

 

2011年1月1日

 

英語を3年間しっかりやろうと誓う。

海外で暮らせるようにはなっていたいな、とぼんやり考える。

ただどう勉強してよいかわからず、まずは学習法の学習を行う。

 

時間を無駄にしたくはなかったのと、

失敗したくなかったので徹底的に過去の失敗例と学習法を洗い出す。

 

 

2011年1月10日

 

どうも、従来のやり方ではまずそうだな、

とぼんやりと学習法が見えてくる。

 

「話し、聞けること」を目標にしようと方向を定め、

発音から独自のプログラムを構築しスタートする。

 

 

ネットで探したネイティブ講師(後にワークショップを共同開催することになる)

にコンタクトを取り、レッスンを開始。

するも、まだこのレッスンを活かす土台がないと悟り、

レッスンを中止。

レッスンを最大限に活かせる英語力がついたらまた連絡するといってレッスンは一時終了。

 

これ以降英語は全て独学。

 

 

2011年5月

 

仕事の合間を縫って(本職はミュージシャン、音楽講師、作詞家、写真家です)

ニューヨークに3日間滞在。

生まれて初めて英語を生で使う。

 

以外と通じるもんだなと気付くと同時に、さっぱり聞き取れない事に愕然とする。

まだ英語やアクセントに様々な種類があることを知らなかった。

 

 

2011年6月

 

麻布にあるスモークステーキのお店で外国人のみが働くお店があると

旧友からの情報を得る。

 

面接の電話を入れるも英語対応。用件を伝えられず、直接翌日お店へ向う。

面接をお願いするも日本人はいらないと断られる。

 

諦めず5回頼みにいく。かならず日本人は必要になる、

と理解不能な論理で食い下がらなかった結果

6回目の訪問で向こうが折れ、採用に。

 

週3回、4時間の英語のみでレストランで働く機会を得る。

 

アメリカ、オーストラリア、イタリア、ロシア、ブラジル、ギリシャ、パキスタン

フィリピン、バングラディシュなど多数の国の人がいる環境で多くのことを学ぶ。

 

 

この辺りから英語の情報をツイートするようになり、経験や知った事、英語のことを

シェアする意識に目覚め始める。この時フォロワー20人。

 

シェフに

「マッシュポテトがキャンセルになったので代わりにスピナッチサラダを急いでお願いします!」

と言おうとするもとっさに出ず。

代わりに頼んでくれたアメリカ人が

“Hey, we need spinach! Hurry!” と言うのを見て

これでいいのか、と衝撃を受ける。

 

 

人種差別も受けたし、財布も盗まれた。

沢山の悔しい思い、不甲斐ない思いをもらうことができた。

 

気分が悪くなり倒れるも

「吐きそう」が英語で言えず

 

“Are you throwing up?”

 

と聞かれ

 

「ああ、吐くはthrow  upというのか。知れてよかった…」

と薄れ行く意識の中で思う。

 

 

2011年7月

 

ネットで知り合ったランゲージエクスチェンジのパートナーを得る。

プエルトリコ出身のネイティブの女性とテキサス出身の女性。

週に2度、数時間しっかり英語を使える環境を手に入れる。

 

 

2011年10月

 

Twitter経由でNHKラジオ英会話のホストの1人

ケイティーアドラーさんから声がかかり、彼女のウェブラジオに英語で出演する。

40分の公開ラジオでの英語談義。

海外からのゲストなども参加し、なんとかかんとか最後までやりきる。

 

2012年4月

 

とある企業からフィリピンでの商談の通訳を頼まれる。

フィリピン在住の日本人だと思われており、

飛行機代などが出ないことが判明するも、

貴重な経験だと自腹でフィリピンへ行き、通訳をさせてもらう。

 

 

2012年10月

 

渋谷にて英語でのビジネスプレゼン大会に出場。

プライズは逃すも多くの企業の方、海外の方から声をかけていただく。

IBCパブリッシュから出版経験のある英語コーチ・アンセルシンプソンに声をかけられる。

日本での英語教育、日本人のメンタリティーについてなど1週間ほどメールで

熱いやりとりが続き、直接お会いする事に。

 

Do you know how diamonds firm?

ダイヤモンドがどうやって固くなるか知ってるか?

と聞かれた第一声は今でも忘れない。

 

お前は骨のあるやつだと認めてもらい、

1ケ月ほどコーチングを受け、英語のメンタリティー、コミュニケーション、

海外の人の考え、日本人特有の考え、などを徹底的に学ぶ。

 

もう1人、骨のある日本人に出会ったことがある、と彼は言っていた。

のちにそれが松本道弘氏であることがわかる。

氏とはのちに意外な形で関わる事になる。

 

2012年11月

ワイリンガル、というアイデアが生まれる。

ただのバイリンガルではなく、

日本人である今の自分を犠牲にすることなく、今の自分に英語を積み重ねようという思いで

 

バイリンガル+和(日本人の和、調和の和、平和の和、またワイワイ楽しむのワイも含む)

 

=ワイリンガル

と命名。

 

と同時に自らに英語キュレーターという肩書きを創る。

 

初の出版の依頼を受けるも、断る。

その後も全てお断りする。

理由は今の英語学習者に必要なことはこれ以上の英語学習本の類いではなく

生の活きた情報であり、出版の執筆で発信の精度が落ちることは本末転倒だという考えから。

 

2012年12月

 

英会話倶楽部という日本人同士で英語を話す場でMyEyesTokyoというサイト

を運営する主宰の徳橋さんと出会う。

英語を始めて1年そこそこの人とは思えないと言っていただき、

インタビューを受ける。

 

インタビューはこちら

 

同時に始めてのセミナーの開催。

「傷だらけの英会話習得術」という人気セミナーにメインスピーカーとして登壇。

会場にいたGMOインターネット株式会社の方から社内セミナーを開催しないかと依頼を受ける。

(翌年通年プログラムとして実現する)

 

 

2013年1月

 

GMOインターネット株式会社内にて社員向けセミナー開始。

「世界と闘うワイリンガル」と題し毎月1回、開催。

 

 

2013年3月

 

「ぼくらの英語サミット」と題し、ユーストリームにてオリジナルの英語番組をスタート。

企画、構成、キャスティング、司会、進行を担当する。

そのVol3まで同年開催。

 

2013年4月

 

某外資系企業コールセンターで日英バイリンガルスタッフとして半年間勤務。

 

 

2013年5月

 

大学や企業での講演、セミナーなどをネイティブ講師と始める。

 

2013年8月

 

紘道館という全国から同時通訳者などが集まる松本道弘氏の私塾から依頼を受け

紘道館再生プロジェクトを担当。

 

 

松本道弘氏と対面し、紘道館の諸葛孔明として

よろしく頼む、という言葉を頂く。

 

内部組織の組み直し、HP作成全行程、セミナー開催、

運営方式の改革などを担当。

 

 

2013年11月

 

E-ラーニングアワード2013年、英語学習部門の基調講演の依頼を受け登壇。

即日参加者満席となる。

 

 

TEDxTokyo yzのスピーカーキュレーション担当に着任。

 

 

2013年12月

 

NYに10日間の滞在。

 

今に至る。

 

 

 

とまあ、これが3年間僕が何にもないところから

英語を始めた結果起こったことの概要。

 

 

大事な事など抜けてたりするかもしれないけれど、

記憶に残ってないということは大したことのないことなんだと思う。

 

 

あっという間の3年間だったと思う。

そして、まあこの短期間に色んなことが起こったなあと思う。

 

それもこれも全て

 

「英語を始めたから」

 

に他ならない。

 

 

本当に貴重な経験を沢山させてもらったし、

周りのすばらしい人に恵まれ、人が人を呼び

いろんなバイラルが起こった。

 

 

奇跡のような経験も幾度もさせてもらった。

 

 

その経験の中から学べた事をまとめておきたいと思う。

これから英語を始めようか、と迷っている人のヒントになれば幸いです。

 

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僕が英語学習を通じて学んだこと。