第6回・同時通訳者/松本道弘 カテゴリ: インタビュー


 

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英語の流暢性そして「斬れる英語」

 

 

:先生が良く言われる流暢性だけで計れない英語力、というのは
  一度ご自身が追求された流暢性から生まれる「空しさ」のようなものが
  あったりするのでしょうか?
  

  やはり誰でも英語が上手くなりたい、流暢に話したいと一度は思うものだと思います。
  

  先生ご自身もそういう経験はあったのではないでしょうか?

 


あったね。
  

 


  20代の前半だったかなあ、そう言うときは自分にもあった。
 

  英語の技に溺れていた時期もあった。


  
  だが、英語に狂っていた時期を乗り越えた。

 
  英語ができれば女性にも人気が出るし、人も集まる。
  でもそれでは何も満たされない。

  弱さの翳りを見つけた時、心を改めたんだよ。 

  人は突き詰めて突き詰めて、絶望するものだよね。


  
  英語と自分の関係は恋愛関係のようなものかもしれない。

  より強く惹き付けられたほうが負け。

 


  だれしも達人、名人には憧れるもの。
  


  しかし鉄人は地獄をくぐり抜ける志がなければならない。


 
  男同士の闘いは嫉妬したら負け。
  いや、嫉妬が見抜かれたら負け、なのかもしれない。


  



  英語はやはり真面目にやらないといけない。

 

 


  何故かと言うと、

  本気でやらないと失望する気持ちがわからないから。

  そして失望した人間の痛みがわからない。


  勝った後のガッツポーズは驕りの表れで、武士道が戒めるところ。
  それが残心。


  刀を一旦抜いたら鞘に納めるまで気を抜かない。
  勝った後も気を抜かない。これも残心。



  真剣勝負の世界は残心の継続だから。
 


:先生の中に僕はジレンマのようなものを見ています。


  ご自身でも感じるジレンマはやはりあるのでしょうか?



:ジレンマの連続だね。


  
:先生がよくおっしゃる英語術と英語道、

  それは先生自身が両方を追求した結果、

  色々見えてきたものではないかと思います。



  そしてその中にも沢山のジレンマがある。
  「今」という視点からみてその辺りはどうでしょうか?



:やはり、デジタルの術とアナログの道(どう)は矛盾する関係にある。
 
  それを統一する道(みち)が英語道。



  強い英語は美しくないといけない、美しい英語は強くないといけない。


 


  斬れる英語が美しい。
  これは基本なんだね。

 


  美しいだけの英語、ネイティブのような英語は面白くない。


  魂を売ってまで外人になりきり、
  外人のようにジョークを言い、格好から声までマネをしたりする。

  

 


  自分が望んでいるものはそんなもんじゃない、

 


  そういう思いがある。



  まずは自分の限界を知ることが大事。

  限界を知って泣くんだね、人は。



  そして泣くだけではだめ、そこから何かを見つけ笑い飛ばし、強くなるのだ。

 




;美しいだけではなく中身のある強い英語、

  はこれからの日本人に必要なものになると思います。


  美しいだけの英語と強く美しい英語、その差となる決定的なものはなんだと思われますか?

 



:決め手は引き寄せの法則 “The law of attraction.”。

 


     その人間の英語ではなく、人間的「魅力(charm)」、
  そして磁石的なチャーム。


  中国の歴史が求心力と遠心力のせめぎ合いであったように。
  DoとBeの関係がずっと存在している。



  孔子のDoと老子のbeの関係。
   


  道(どう)とは磁石である。
  左右の両極端を自己同一する「道(どう)」。



  その人に重力があるかないか、は大事な視点で、
  最後は英語で決まるのではなくその人に重力があるかないか、で決まってくる。


  それは今述べたCharm、と言い換えてもいいのかもしれない。

 


 
    人間的魅力のある人とはcharming person のこと。

 



 

:それはつまり、英語のレベルというスキルの優劣では測れないものということですね?

 

 



:そうそう。人間の深さの問題。

 

 


  その人間力とはなにか、
  それは英語を通して滲み出すことができるか。



  これは自分が何度も向き合ってきた問題。



  狭い世界の勝ち負けに拘らない、ぶれない人間をつくることがまずは大事だね。


  そのためのgrace(品格)、美しさ、潔さ


  そして武士道的な引き際の美学、負け方というのも時には大事。



  organized chaosという表現があって、
  コントロールされた混沌を作り出すことが大事。



  それが今のICEEという名のお祭り型異文化交流検定試験。


  そういう創造的な格闘の場(トポス)が要る。


 
  そこから新たなものが生まれる。


 
  スピーチ、音読、それもいいと思う。


  ただそういう表面的な部分にとらわれ過ぎていると
  そこから脱却できなくなる。



  覚え(learn)たら、忘れる(unlearn)のが学習のプロセス。



  TIMEを隅から隅まで読む事で得られる情報には遠く及ばない。


  丸暗記するのではなく、どんどん言葉に触れていく中で得られる
  かけがえのないものがあると思うよ。

 


  量から質が生まれる。

 

  
  英語から離れることで人間の幅を広げる。



  誤解してほしくないが、
  音読を否定しているわけではない。



  音読するべきものもあるのは事実。



  「エーリッヒフロム/The Art Of Love」
  などのような素晴らしいものは音読するといいと思うよ。 

 

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