第6回・同時通訳者/松本道弘 カテゴリ: インタビュー


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固定は死、そしてインプットの大切さ。

 

:人生の中での時間の使い方、はやはり大事だと思っています。


松本先生はそこを視野に入れ、
英語だけに固執しない生き方というのを実は提唱されているのではないでしょうか?



:まさに、そうだね。

 なかなかいい質問だ。



起きている時と寝ている時の時空は違う。
(あらゆる人、情報に拘泥せずに捨てる。
すると夢まで利用ができる。 )



長い夢を見て起きてみたら10分しか経っていない、ということがある。


時間とは不思議なものだね。



ビッグバンの前の時間は誰にもわからない。
その暗黒状態に自分を落し入れる。


ゼロになる。



:広い意味で時間を捉えると僕もわからなくなってしまいますが、
ただ、僕たちには明確に生を全うする時間というものが流れています。


その時間の中で英語の丸暗記であったりという同じ場所をぐるぐる回り続けるような
行為を先生は無意識的に何か危険なものを察知しているのでしょうか?




:そう、憶えてしまったら忘れる事ができないという恐怖に復讐される。


記憶して固定されたものというのはある種死んでいるようなもの。

 

 


 
 「固定は死」(松本先生が最も多く口にする言葉の一つ)。

 



マーティンルーサーキングの「I have a dream」の

 スピーチは何度も推敲を重ねたものを本番の直前で捨て
アドリブで話した生きた言葉だったんだよね。

 



 それを今を生きる現代の人間が丸暗記をしても空しいだけ。

 


自分の言葉で下手でもいいから必死になって思いを伝えられる人間にはかなわない。
 
他人の外面を真似をすることが大事なのではなく、その心なんだよ。

 



 心は常に揺れている。固定しないもの。
英語も不完全なものが美しい。

 



やはり固定は死、なんだね。


 Don’t settle. だね、まさに。
 

:やはりその辺りは人間性というか、その人の魅力というのを重視されているんですね。


:それはそうだと思う。

 



昨日の自分より今日の自分、そして今日の自分より明日の自分。

 



自分はやはりアーティストである、という思いがどこかにある。


そして将来的に行き着く所は「道(みち)」になるんだと思う。
 
みち、というのは術と道(どう)の真ん中にあるもの。


:あいだ、にあるものということですね?




:そう、まさに間(あいだ)、だね。

 
:術を否定するのでもなく、道(どう)のみを追求するのでもなく、「間」であると。


:そういうことだね。

 


 
 流暢な英語というのは過去に使い回されたものなんだよ。


それはもう過去にあるもの。



自分の中から雄叫びの様に生まれる言葉というものをもっと重視してもいいんではないか。


:インプットし自分の中に落とし込んだものを自分のフィルターを通し吐き出す、
そこに価値が生まれるというイメージでしょうか?

 



活きた英語とは何か?ということだと思う。

 


ペラペラ話す、それだけのことでは決してない。


人には得手不得手があり、アウトプット型の人間は単純に沢山話し、 
相手を常に聴き手に回すので、必然的に話すのは上手くなる。


しかし、それは
数打ちゃ当たるの竹刀剣法。


「斬れる英語」とは

 

 

 当たる、のではなく当てる、のだ。

 


無駄のない英語、言葉数の少ない英語のこと。



私がgiveとgetに注目した理由だ。

 



  人生の目的は、教える事より学ぶ事。

 

 


アウトプットだけにこだわる必要はない。


読めて聞けて書けて話せるか、

 

 いつもバランスを見つめる事が大事。

 


:バランスを保つ為にご自身が最も気をつけてきた事はなんでしょうか?

 




まずはインプットだね。

 

 


アウトプット型のような自分の刀をむやみやたらに振り回すようなことはしない。
本当の有段者はめったに刀を抜いたりはしないものだから。



居合い抜きだ。
抜刀より納刀にエネルギーを費やせ。

 


 流暢さだけでは何も生まれない。

 


エネルギーの消費だ。

 


:英語で物事を考える何か具体的な方法はありますか?

 




:Whyから始まるロジックを手に入れることが大事。


そしてBecauseで答えられることが大事。



英語うんぬんというよりは、

 先ずは日本語で良いロジックを用いて思考できるスキルが必要。



日本語でしっかりと考えられる様になり、そして答えられる様になれば
英語でそれを表現する事など容易くできるようになるものだよ。

 



だから、そういう意味では日本語でのディベートが先

 


 
英語のディベートでは思考が追いつかず、英語が覚束なくなるかもしれない。


でも、それでもいいと思う、必死に自分の気持ちを伝えようとするそのプロセス
それを私は美しいとさえ思う。



目や耳にキャッチできるものではない。

 必死になって伝えようとする思い入れそのものが美しいんだよ。

 

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