第6回・同時通訳者/松本道弘 カテゴリ: インタビュー


 

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「if」というオルタナティブプランを持つ事の大切さ。

 

:ロジック自体は先生はどのように学んでこられたのでしょうか?



:ビルゲイツの行った面接で有名な

 

 「マンホールはなぜ丸いのか?」というのがある。

 

  英語を丸暗記で捉えてきただけでは、こういう問いにはた、と思考が止まってしまう。


 
  でもしっかりロジックが頭にある人間はこう考える。
  
  「どうして四角ではいけないのだろうか」と。
 
  三角形だったら運ぶときさえ困るだろうな…
  丸ければ転がしやすいし…



  この「if」は数学でいう補助線。



  「if」という数学的発想も英語的思考だ。
  数学力と数学的思考力は違うもの。



  ディベートは後者を育てるのに有効だ。



  理論的に、そして数学的に物事を判断する。

 

 


  丸暗記の英語学習をした先になにがあるか。

 



  Opportunity Costを見なければいけない。


  何かを得た先には必ず失うものが出てくる。



  そういう意味で「if」はぼんやりとした道をクリアにする大事な思考の一つ。

 


  「if」のない議論をしてはいけない。

 


  英語をやる、ということは人生に「if」を持ち込み、
  抽象化能力を身につけるということでもあるのだ。




:「if」という言葉にはもう一つの仮想世界、
  パラレルな世界を想起させる魅力があると思います。

 


  一本の道の選択ではなく、選ばなかった道、また選ばないであろう可能性、
  そういった無限の響きがありますね。

 


:絶対と思っていた事が間違っていた、

  なんて言う事は歴史を紐解いてみても数限りなくあるだろ?

 


  真実の99%は仮説だ、という面白い考え方もあるくらいで。
  


  何を持って真実を決め、何を仮定とするのか。

 


  「if」という発想さえ持っていれば、
  多様な可能性に創造的視点を加えてくれる大切なものなのだ。

 


  西洋の人は交渉などにも「if」を使う術を持っている。
  日本人はこれがなかなかできない。

 

 


  オルタナティブプラン、を持つ事が大事。

 



:少し話が戻りますが、丸暗記の英語学習で失われてしまうもの、

  とはなんだと思われますか?

 



:「状況」だと思う。

 



   それが空気の読めない「英語バカ」を生む。

 

 


  
   英語というのはいろんな状況下でコンテクスト(文脈)というものが発生する。  
   中学のとき、英語の本で使っていたのは「蟻と鳩」というたった1冊の本だった。



   I shall never forget your kindness.

   というフレーズがあったのを今でも覚えている。

 



   何度も何度も読んだおかげで、

   ちょっとした日常英会話の場面でもその言葉が出てきてしまう。


   抑えようとしても出てきてしまう。



   「汝(なんじ)の親切心は忘れぬぞ」と。


   まさに忘れられない苦しさだ。



   一つのセンテンスを覚えたら今度はそこから抜けられなくなる、
   というリスクも意識しないといけない。

   もう一つは熱力学の問題。



   一生懸命どんどん覚えようとしても人はどんどん忘れていくもの。



   頭の中に入れたものがどんどん抜けていき、使われないままになっていく。


   人は興味のあるものにどんどんのめり込んでいきすごい熱量でハマっていく。
   その熱さは続かない。エネルギーは保持できなくなる。


   
   そしてはじめ熱かったその思いは徐々に消えていってしまう。


   
   西山先生(松本道弘の師匠にあたる同時通訳の神様/

   アポロ月面着陸の同時通訳で知られる西山千氏)

            は言っておられた。

 


   アメリカの大学で英語を学んだ人日本のアメリカ大使館では使い物にならない、と。


   学生のような英語を学び流暢さだけが伸びてもそのフルエンシーは帰国後すぐに落ちる。

 


   スラングなどすぐに使えなくなる。

 



   崩れない英語を身につけていく事が大事。

 


   テストで一番、学校で一番、賞を穫ったぞ、

   という虚構の浮き世に身を委ねると、自尊心があだになり

   虚(見栄)が実だと錯覚を起こすようになる。

 

 

  
   英語を使っていれば、外国へ行けば自然に上達する(自然に忘れる事も知る)
   外国人と結婚すればラクラクとマスターできると、
   そういう次元の話ではないから。



   常に緊張感を持って、ゼロに戻ることだ。


   
   勇気を持って過ちを恐れず、恥をかき続けられるかどうか、だね。




:よくおっしゃられている「英語を忘れろ」という言葉。
  この本当の意味、を僕はよく考えます。
  



:英語を身につけていく中では「覚えてしまう弊害」というのが必ずある。

 


  Unlearnしていくことが自然の法則なんだと思う。

 



  ディベートなどの中で「説得」と「納得」を身につけていくことだね。

 



  納得すれば、全てが腑に落ちる。


 


  そして人は常に変化していくもの、これが根底にある。
  ゼロから生まれ形を変え、そしてゼロに戻っていく。



  恐怖があって当然だ、だがそこにしっかり目を向け向き合っていく事が大事で
  覚えたものを忘れるなど当然のことなんだよ。


  何から何まで点数などつける必要はない。
  そんなものを超越した世界に真実はあるのだから。


 
:変わりゆく人が同じ行為を続けてしまう事で取り残される、
  その危険性をおっしゃっているのだと僕は思っています。
 


  新しいものに触れ、人としての新陳代謝を恒常的にしていく、
  という姿勢ではないでしょうか?

 

 


:そうだね、そういうことだ。


  TIMEなんかを読み、1人でセルフディベードをするだろ。
  

 


  そうするとその中で多くの新しい事に気付いていくんだよ。
  何も英語にこだわる必要はない。

  時には日本語の本もしっかり読まないといけないよ。

  

:発想の全ての根底にバランス、という概念が通底しているように思います。




:無意識かもしれないけれど、そうだね。


  

 


  「錆落とし」、という考えがいつもある。

 



  現代は情報が多すぎる社会だから。


  そしてなかなか本当の自分で戦う場面のない社会なんだよ。



  そういう中で自分を見つけバランスを取っていく事が大事。

 

 

:先生が英語というものを学び身につけてきた中で

  一番良かったものはなんだと思われますか?

 




継続することと自分の英語をぶっ壊すこと。

 



  宮本武蔵の「固定は死」がまさにそうなんだよ。


  学んだことをすぐに忘れ、そして柔軟に新しいものへ変わっていく。
  そういう姿勢は英語と向き合うなかで身につけてきたんだと思う。


  記憶力など簡単に落ちていくものだよ。


  
  忘れることへの恐怖は捨てること。

 



  読む速度を上げれば必然的に量が増える。
  量が増えれば、必然的に出会う回数が増える。

 



  それこそが大事なことなのだ。
   



  何回も忘れればいい。そして何度も出会えばいい。
  こいつまた来たか、と嫌でも覚えてしまう時が来る。

 



  偶然の出会いを喜び、その再会を大切にする。

 


  その姿勢こそが「速読せよ」という言葉の真意なのだ。


  たった一つの単語を忘れまいとそこのみに時間を費やし、
  忘れないでおこうとする姿勢は、多くのチャンスや出会う喜び
  を実は奪ってしまっているのではないかと思う。



  
:沢山読んで沢山映画でもなんでも見て、そして多く出会っていく、と。

 


  

:そうそう。僕は映画なんかもよく見るけれど、そういうことだね。
  基本はやはりインプットしていくことだね。

 


:忘れろ、と先生が言う時その言葉の奥には

  「大丈夫、心のどこかに残っているから」
  という隠れた優しさがあるように思います。

 


:氷を浮かべた時、水面に現れる表面の部分だけを捉えようとしないことが大事で
  多くの部分は水面下に隠れているもの。



  忘れたもの、消えたと思うものでも多くは意識下、潜在意識の中に眠っている。
 


  それがなにかをきっかけに溢れ出るという事は何度も経験している。
  

 



  コツコツと一生懸命やることも大事だとは思うが、
  人はやはり忘れ行くスピードには一生追いつけない。 

 


  英語がしゃべれない人は読んでない、これは事実で
  やはりどこかいびつな形になってしまっているんだと思う。

 

 

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